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ガルパン「西絹代 隊長」のモデルは、日本人で唯一の馬術金メダリスト「西竹一」大佐

さてさて。ガルパンコラムシリーズ第二弾を見ていただいている読者の皆様、今回もこのコラムを覗いていただきありがとうございます。金剛です

ガルパン「西絹代 隊長」のモデルは、日本人で唯一の馬術金メダリスト「西竹一」大佐

さてさて。ガルパンコラムシリーズ第二弾を見ていただいている読者の皆様、今回もこのコラムを覗いていただきありがとうございます。金剛です

前回は、主人公西住みほと、「西住小次郎大尉」を紹介させていただきましたが、今回は、劇場版ガルパンで初登場し、強烈なインパクトを残した知波単学園隊長、西絹代と日本人唯一の五輪馬術金メダリストの「バロン西」こと、西竹一大佐をご紹介させていただきます。

早とちりであまり考えない「西絹代 隊長」

西絹代隊長は、劇場版ガルパンから初登場したキャラですが、その性格はまさに日本軍人(笑)なにせ知波単学園伝統の「突撃」を重んじ、そして早とちりであまり考えない(笑)さらに後退することを良しとしない(笑)

親善試合の時も、大洗女子が必至で防衛戦を行っているときも

「突撃はいつなんだろう…」とか呟いているし、防衛線が突破されて、後退するときも、無線が壊れた西にアヒルさんチームの面々が必至で

アヒルさんチーム「後退です!こ・う・た・い」と伝えたのに

西絹代「と・つ・げ・き…!かしこまりました!!」

と大いなる勘違いをして、いきなり敵陣に突っ込んでいった挙句、一撃で行動不能とかツッコミどころ満載で笑えましたね。

いやいや、口の動きだけ見たとしても、どうしてそうなる(笑)

そして、すぐに謝る(笑)とにかく頭を下げて、謝りすぎて、この人本当に反省してるか?と一部のファンには思われているかもしれませんね(笑)

しかし謝る姿もハキハキしていて誰よりも男らしい。また部下の主張にも耳を貸すという心の広さも魅力なキャラです

「西絹代隊長」モデルも旧日本陸軍に実在します!

そんな彼女にも実はモデルがいたとされています。それが今回ご紹介します、日本人として歴史上唯一のオリンピック馬術日本人金メダリストとされている、t帝国陸軍戦車第26連隊隊長、西竹一大佐です!!

硫黄島で散った「男爵隊長」ことバロン西

「バロン西」こと、西竹一大佐は、1914年に東京の華族の家系で生まれます。1歳の時、父親を亡くし、物心がつく頃には男爵の爵位を継いでいましたが、この西大佐の受け継いだ「男爵」階級こそ、アメリカで後に「バロン西」と呼ばれる所以となっています。

つまり、バロンとは英語で「男爵」という意味です。

ちなみに「華族」とは、明治から昭和の終戦直後辺りまで実在した日本での貴族階級だそうです

男爵の爵位を継いだ西は広島の幼年学校を卒業後陸軍士官学校へ進み、1924年に卒業。卒業後は騎兵科の少尉になります。

そして1930年に軍務で欧米出張中、イタリアの地で、後に「バロン西」の名を共に世界にとどろかせることになる相棒に出会います。それが西大佐の愛馬「ウラヌス」です。

西大佐は自費でウラヌスを購入し、1932年に帝国陸軍選手団の一員として相棒のウラヌスと共にロサンゼルスオリンピックに参加。馬術の種目に参加し、見事金メダルを獲得しました。なお、この馬術での金メダルは、現在に至るまで、日本人では唯一の獲得者となっているそうです。

ちなみにこの金メダルは、筆者が2016年7月に靖国神社に行った際、見ることができましたが、現在はあるかどうかはわかりません。(すみません…)

この活躍により西大佐は、その端麗な容姿や、貴族出身というステータス、さらに180㎝という当時の日本人としては長身、それに加え金メダリストという実績で、まさに「人気者」となり、ロサンゼルス滞在中にロサンゼルス名誉市民に選ばれています。また遊びも豪快で、高級車のパッカードを乗り回し、さらにラスベガスで現在の額にして5億円以上もの大金を散財しています(笑)
実際当時の西大佐の写真を見ると、非常に整った顔が印象的でした。

西大佐は、1944年に運命の戦車第26連隊に配属

西大佐は帰国後、軍の騎兵部隊に着任しましたが、この頃帝国陸軍では、装甲車や、89式戦車に代表されるように機械化が進んでおり、騎兵部隊の多くは、この戦車隊の一部に編入され、西大佐自身も1944年には戦車第26連隊に配属となります。

当初西大佐は、中国大陸の満州の防衛に当たっていましたが、太平洋戦争がひっ迫した中で硫黄島への異動が決定します。しかし、西大佐他、部隊の人員や戦車28両を運んでいた輸送船が米潜水艦に撃沈されます。この攻撃で、西大佐と多くの兵員は奇跡的にも生き延び、再び補充の戦車をかき集め、今一度、硫黄島に向かうことになります。

硫黄島に到着した西大佐の戦車第26連隊は、栗林中将率いる、小笠原兵団に配属となり、硫黄島でアメリカ軍を迎え討ちます。

硫黄島の戦いは1945年2月17日に始まり、アメリカ軍は約6万の兵力、100隻以上の艦艇を持って、硫黄島を攻撃。当初アメリカ軍は2日間にわたって砲爆撃を繰り返しましたが、洞窟や穴倉にこもっていた日本側の損害はほとんどなく、上陸を終えたアメリカ軍に対し待ち伏せていた西大佐の戦車第26連隊を初めとした日本軍は、ここぞとばかりに襲い掛かります。

戦いは熾烈を極め、突撃、玉砕を禁じた栗林中将に従い、日本兵はゲリラ戦を展開。おおよそ3倍の戦力差がある敵に出血を強います。

アメリカ側は硫黄島を数日で陥落させられるとしましたが、現実には硫黄島を落すのに39日間を要しました。

米軍にも最大の出血を強いた「硫黄島」での戦闘

その結果、硫黄島陥落までに、アメリカ軍の戦死傷者は約2万8600名を数え、日本側の約2万名を上回り、太平洋戦争通じて、唯一アメリカ軍の戦死傷者が日本側を上回った戦いとなりました。この戦いでも西大佐は戦車を隠し待ち伏せ攻撃に使用しています。

この辺の様子は、クリントイーストウッド監督の傑作、俳優渡辺謙氏主演の「硫黄島からの手紙」でも詳しく描かれています。

映画の中でも俳優伊原剛志氏演じる西大佐は、自らの放った銃弾で倒れたアメリカ軍兵士を助け、アメリカ軍兵士を手当てすることに反対する部下に対し

「お前らは、アメリカ人の何を知っているのか?手当しろ」

と話します。

当時の日本人は「鬼畜米英」と、アメリカ人を人間ではなく鬼や悪魔の化身と思わせるような思想を持っていましたが、彼らも人間だという主張をする西大佐は、世界を回り、アメリカという国を知っている栗林中将と並ぶ、数少ない日本人であることを本編では表現しています。

しかし、なんとか戦線を持ちこたえていた小笠原兵団も、アメリカ軍の物量の前に次第に押され、その中で西大佐も最期を迎えます。

西大佐の最期。そして、その後を追う愛馬

西大佐の最期は、戦いの最中、自らも傷を負い自身がそう長くないことを察して、自決したとされていますが、詳しくはわかっていないそうです。享年43歳。死後大佐に昇格。また陸軍獣医学校で功労馬として余生を送っていた西大佐の愛馬、ウラヌスも後を追うように西大佐の戦死の数日後に息を引き取ったとされています。26歳でした。

母国の有名人である「バロン西」がこの戦いに参加していることを知ったアメリカ軍側でも、投降を呼びかけ、英雄バロン西の生存を願ったとされています。

このように敵国からも愛された西大佐をモデルとしている、西絹代が劇中では結構愛されキャラに見えるのは納得がいきます(笑)

筆者は結構好きですよ?(笑)

皆様も、もし歴史を知りたいのであれば映画やアニメから入るのも手だと思うので興味のある方はぜひ、ガルパン等のミリタリーアニメを見てみてはいかがでしょうか。

今後も簡単に筆者が解説していきますので!!任せてください!!(笑)


記事タイトル:

ガルパン「西絹代 隊長」のモデルは、日本人で唯一の馬術金メダリスト「西竹一」大佐

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西絹代

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